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ひゅーまんフェスタ:平和の大切さ改めて実感して 軍服など展示−−あす伊賀 /三重 毎日新聞 今年は「平和の大切さを改めて実感してほしい」と、初めて戦時中の生活用品展示や、戦争体験者による講話がある。 フェスタは市や市教委などが主催し、今年で4回目。伊賀地域で福祉、環境問題などに取り組むNPO団体などが活動紹介のブースを出展するほか、軽食や手芸 ... |
国連事務次長 中国平和維持軍を称賛 中国国際放送 平和維持活動を担当する国連のアラン・ルロワ事務次長は29日、国連常駐中国代表団が行った解放軍建軍83週年祝賀レセプションに出席しました。 その際、ルロワ事務次長は「中国はスーダン、リベリア、コンゴ民主共和国、レバノンなどでの国連平和維持活動に工兵部隊、文民 ... |
建軍記念日控え工兵団公開 中国、国際協調アピール MSN産経ニュース 中国外務省と国防省は30日、人民解放軍の建軍記念日を8月1日に控え、国連平和維持活動や国内外の震災救援活動などに兵士を派遣している北京軍区工兵団の訓練や装備を北京駐在の外国メディアに公開した。 国防費の急増などで中国の軍事力に対する国際的な警戒感が ... |
![]() 西日本新聞 | 長崎平和特派員 第1号 読売新聞 長崎市は、国外で平和活動に取り組む人を「長崎平和特派員」に認定する制度を始めた。被爆地の思いを世界に広げるためで、第1号として、米・ニューヨーク市在住で「ニューヨーク平和映画祭」プロデューサーのタナカ有美さん(42)を選定し、24日、国立長崎原爆死没者 ... 長崎から、広島から:平和を案内する /長崎 長崎市が平和特派員認定 被爆地の願い、海外で発信 被爆の実相世界へ 「長崎平和特派員」第1号 NYで平和映画祭主催の田中さん |
国際連合は、国際連盟の反省をふまえて第二次世界大戦時の戦勝国である連合国 (United Nations) が中心となる。1945年10月24日に、アメリカ合衆国のカリフォルニア州サンフランシスコで発足した。最初の加盟国(原加盟国)は51ヵ国であった。日本を含めた旧枢軸国は敵国条項が適応される。
2006年6月末現在、国際連合の加盟国数は192ヵ国。最も新しい加盟国は、モンテネグロ(2006年6月28日加盟)である。国際連合の本部は、アメリカ合衆国のニューヨーク州ニューヨーク市にある。本部ビル(オスカー・ニーマイヤーを中心とした建築家国際委員会が設計)は老朽化しており、新館を建築家槇文彦が設計予定。ただし、国際連合の資金難により計画は滞っている。
1943年10月にモスクワで開かれたアメリカ合衆国、イギリス、ソビエト連邦による外相会議で「一般的安全保障に関する四ヵ国宣言」によって第二次世界大戦後に国際的な平和機構を再建する必要性が宣言されたのを受けて1944年8〜10月にアメリカ合衆国、イギリス、中華民国、ソビエト連邦の代表がワシントンD.C.郊外のダンバートン=オークスで会議を開き、国際連合憲章の原案(「一般的国際機構設立に関する提案」)を作成した。
1945年4月25日、ドイツまたは日本に宣戦している連合国50ヵ国の代表がサンフランシスコに集まり、国際連合設立のためのサンフランシスコ会議を開いてダンバートン=オークス会議で作成された国際連合憲章原案に基づいて国際連合憲章が採択された。
1919年〜1946年まで存在した国際連盟との間には、法的な継続性がないものの国際司法裁判所や国際労働機関等の機関を連盟から引き継いでいる。また、旧連盟本部施設も連盟から移管されていて部分的には継続した組織といえる。
「United Nations」という言葉が初めて用いられたのは、1942年1月1日の「連合国共同宣言(ワシントン宣言)」においてであり、戦後の国際的な平和組織の名称として用いることについてはダンバートン=オークス会議において提案された。提案者であるフランクリン・ルーズベルト大統領は、国際連合の設立に尽力しながらもサンフランシスコ会議における国際連合憲章調印の数週間前に死去していた。彼に対する敬意を表してこの名称を採用することが会議の出席者全員によって合意された。
「United Nations」という語は、戦後の国際機構の名称となる以前に、第二次世界大戦において枢軸国と対立した国家連合の名称としてAlliesと共に用いられていた。日本において「United Nations」に対しては、戦争中の国家連合の名称としては「連合国」を、戦後に設立された国際機構に対しては「国際連合」が一般に用いられてきた。
「国際連合」という訳語が最初に用いられた時期がいつであったかについては様々な議論がある。戦後、「連合国」という言葉に抵抗があるとして外務省が「国際連合」と意図的に呼称したとする意見もあるが、ダンバートン=オークス会議における提案として1944年(昭和19年)10月に発表された「国際連合憲章の原案(「一般的国際機構設立に関する提案」)」を同年12月に外務省が翻訳した際には(外務省条約局「条約集号外第十八号」)、既に「国際連合」という訳語が用いられている。
日本と同様に漢字を使用している中華民国や中華人民共和国では、「United Nations」には「?合国」(中国語版参照)、戦前の諸国連合の名称としては「盟国」が主に用いられている。大韓民国では、日本と同じく「国際連合」(韓国語版参照)であるが英音短縮であるUN(「ユーエン」と発音)が用いられる場合が一般的である。